●近未来のクルマはこうなる
1997の初代トヨタプリウスを皮切りに始まった、次世代エネルギーの自動車。近年はEV(電気自動車)やFCV(燃料電池車)、ディーゼル、高圧縮エンジンなど多様な技術が開発されてきています。
そんな次世代のクルマの動向を探るべく、先日パシフィコ横浜で催された「自動車技術展」を訪れましたので、レポートします。
★ハンドル・ペダルは半分をコンピューターが操作
現時点で操作系、すなわちドライバーが手足で操作する部分というのは電動化が進んでいます。すでに、市販されている車のほとんどは電子制御スロットル、電動ABS、電動パワステを備えています。
十数年前までの車は、主に油圧を使った操作系が中心となっていました。パワステにしても、エンジンの動力をベルトを介して分けてもらい、オイルポンプを回すことで軽々とハンドルを回すための動力としていました。アクセルペダルも、ワイヤーでスロットルとつながっていたため、ペダルを踏んだ量=スロットルを開けた量という図式が成り立っていました。
ところが、現在の電動制御の車は操作系統のペダルやハンドルが直接的に機構とつながっておらず、無段階で調節できる、いわゆる「スイッチ」となっています。そのため、アクセルペダルなどは、急激にペダルが踏まれた場合はスロットルを開けないという制御も可能です。
またブレーキも、電動で制御されるABSをカメラやセンサーと連動させることで、自動ブレーキが可能になっています。昔の単純な油圧機構のみのブレーキでは、このようにドライバーの操作なしに自動操作することはできませんでした。つまり、これらの操作系をコンピューターで制御するようになるということは、人間からの入力がなくてもあらゆる操作することが可能になるということです。
車両やエンジンの制御を行うコンピューターをECUと呼びますが、このECUの情報をインターネット等のネットワークに接続することで、外部からの操作も可能になります。つまり、車をラジコンのように遠隔で操作することも可能な訳です。実際、アメリカの実験では、現時点で市販されている車でも、カーナビのネットワークを使って外部から動かせることが明らかになりました。これは、タクシーやトラックのような配車用途であったり、ドライバーに発作などが起こったような緊急時に外部から操作できるというメリットが考えられます。ただし、一方では、セキュリティの問題が懸念されます。インターネットのウイルスと同様に、外部から悪意を持った第三者が、オーナーの意図を離れて車を動かせてしまう社会になると、まさに走る凶器と化してしまいます。
他方で、このような操作系を電子化することのメリットとして、ドライバーの運転スキルを客観評価できることが挙げられます。アクセル、ブレーキ、ハンドルといった運転操作が電子化されているということは、これらの操作を逐一記録したり、モニターすることができるということです。また車体の傾き具合を計測するGセンサーと連動すると、滑らかな運転、車酔いをさせにくい運転と言った、「運転のうまさ」を客観的に評価することが可能になります。
このことは、ドライバーの意識を高めることに留まらず、事故率の低減や、保険の点数にも影響してくるでしょう。実際、自動車損保会社は既にこれらの運転スキルの指標をデータで集めるプロジェクトを、実験的に開始しています。つまり、運転が上手で、事故の可能性が低いドライバーほど保険料が安くなる、というふうに変わっていくのです。これまで、教習所などでは、運転の上手・下手の評価は、指導する側の経験と勘に頼っていたところがありますが、これからは数値で定量的に評価できるようになるでしょう。
ただし、このような操作系の電子化には、デメリットも少なからずあります。特にハンドル操作の電動化に関しては、油圧のようにダイレクトではない点が課題となっています。ハンドルというのはドライバーが操作してタイヤを回す、という一方通行のものではなく、タイヤを動かす路面の状況を、ハンドルを通してドライバーにフィードバック(情報提供)するのも大切な役割です。しかし、電動パワステではこのフィードバックが素直ではなく、違和感を覚えるものになりやすいのです。その結果、高速道路などを直進するだけなのに、常に細かく舵角修正しないといけない車が増えています。マツダなどの一部メーカーでは、この課題に取り組み始めているようです。
★タイヤの駆動はコンピューターが制御
タイヤは四輪が独立して、自由に細かく動きを変化させることができるようになりそうです。従来の車は、前輪なら前輪の2輪。後輪なら後輪の2輪が、同じ動きをするというのを基本とし、曲がる時のみにデフ(差動装置)で僅かに回転差をつけてやるというのが一般的なものでした。
ところが、電子制御技術の発達で、デフそのものを電子制御したり、新技術であるインホイールモーターなどの開発によって、「タイヤの自由度」が格段にアップしそうな気配です。
これらの電子制御技術が実現することで、路面の滑りやすさや傾斜などに応じて、コンピューター制御でタイヤ1輪ごとに柔軟にグリップさせることが可能になります。これにより悪路での走破性や、雪道での使い勝手は大きく向上するものと思われます。ただし、これまで以上にきちんとしたタイヤの点検は欠かせなくなります。
また、これらの駆動制御が、Gセンサーと組み合せられることによって、タイヤがグリップの限界を超えないような制御も可能になります。現状でも、スリップ防止のための電子制御は可能で、多くの車でESPなどの名称で標準・もしくはオプション装備されていますが、これがさらに高度になるイメージです。タイヤのグリップを常にいっぱいに使った走行や、逆に常に30%程度に抑えた運転などが、コンピューター制御で可能になるということです。つまり、どんな路面でもスリップしないクルマ、そして酔わないクルマが可能になるということです。
なお、マツダが「Gベクタリング」と呼んでいる技術では、直進するための細かなハンドル制御を、車が代行してくれることで、長距離運転での疲労軽減が可能となります。
★メーターはモニター画面に変わる?
運転席で一番目立つ変化は、メーター周りでしょう。現状では、まだ多くの車が普通の機械式メーター、つまりアナログ時計のように針が動いて速度などを示すタイプ。デジタルメーターは、高級車やハイブリッド車など一部の車種に限られています。しかし、今後はメーター全体が1つのディスプレイとなり、そのディスプレイにメーターの画像を表示させるというタイプになりそうです。
ヨーロッパのメーカーではすでに一部市販されていますが、従来メーターパネルがあった箇所にモニターが映し出され、後方カメラ、左右カメラの映像のほか、カーナビの経路なども映し出します。そして、車の周囲についたモニターカメラの画像を、このメーターパネルモニター内に映し出す形になるでしょう。
一部車種では、すでにお馴染になっているヘッドアップディスプレイ(フロントガラスに投影するモニター)も普及が進み、速度や燃料計など、運転中に頻繁に確認する情報は、視線移動が少なく済むこの位置にくることになります。
これらのメーター情報やエンターテインメント情報は、スマホに近い操作感で、ナビ、音楽ほか、車庫入れ操作やクルーズコントロールなどの制御が可能になるはずです。
そして、逆に車内にはドライバーを映すカメラが搭載され、ドライバーの健康状態を常にモニターするようになるかもしれません。ドライバーの健康状態であったり、自動運転と人手での運転の切り替えのために、ドライバーをモニターすることが必要になるからです。
★ルームミラー・サイドミラーは無くなる?
車載カメラの信頼性が高くなり、昔ながらのミラーによる後方確認は徐々に無くなる可能性があります。特に車外にむき出しで設置されるサイドミラーは、空力特性を悪化させて燃費に悪影響がありますし、車の全幅を広げてしまう意味で車の取り回しを悪化させています。これが、小型カメラに代替されることで、燃費も向上しますし、モニター映像をメーターパネル付近に映すことで視線移動も少なくなり、事故の減少にもつながると考えられています。なお、こうしたサイドミラーレスは近年中に市販される予定です。
さらに、サイドミラーだけでなく、車の回りをぐるっと覆うように、多くのカメラとセンサーが搭載されます。これによって、従来の法定のミラーだけではどうしても出来てしまっていた死角が、将来的には無くなる可能性があります。ただし、万が一カメラが故障した場合のための、バックアップ用ミラーは搭載されるかも知れません。
★オートクルーズの大幅進化版
旧来のオートクルーズと言えば、高速道路などでスロットルを一定の開き具合に保ってくれる、というだけのものでした。上り坂がくれば速度が低下しますし、前が渋滞ならしっかり自分がブレーキを踏まないと追突してしまいます。
近年の追従型オートクルーズは仕組みが異なり、スロットルが電子制御になって、ブレーキも電子制御が可能になったことによって、レーダーやカメラが捉えた前車との距離を一定に保ったり、勾配に関わらず速度を一定に保ったりできるもの。これにハンドル制御(レーンキープ)を加えたものが、徐々に市販され始めています。
これがさらなる進化を遂げ、車じゅうに張り巡らされたカメラやセンサーによって、人間や障害物などの道路上の動きを常に補足。周囲の状況に応じて、柔軟にハンドル・アクセル・ブレーキを車が操作してくれるオートクルーズとなるでしょう。これは、もはや半自動運転と呼べるものです。
自動運転には、さまざまな課題があります。まずは、法律との兼ね合いの問題。事故の際の責任の所在や、故障の際の責任の所在をどうするか。さらには、タイヤの消耗具合やベルト摩耗、オイル漏れなどの、自動では難しい点検を所有者が怠ったために事故が発生した場合、責任の所在をどうするのか。また、道交法違反への対応と、自然災害などイレギュラーへの対応も課題です。例えば、電車の線路に飛び込むかのように、道路上へ飛び降りた自殺志願者への対処はどうするのかや、落石や倒木、道路をふさぐ枝などにはどう対処するのかなど、想定すればきりがありません。恐らく海外では、「自動運転車に轢かれた場合、轢かれた方が悪い」といった大胆な政策を取る国が、開発を有利に進めることができるでしょうが、日本では難しいでしょう。
★キーとなるのは電子デバイス
ここでご紹介した、すべての次世代技術は、従来の言葉で言う「電装系」がキーとなります。車というのは誕生から100年間、内燃機械とギア・鉄鋼技術などの機械工学によって作られてきました。バッテリーなどの電気系統は、あくまでもライトの点灯やエンジン始動、エアコンなどの快適装備や娯楽用途に限られた役割でした。ところが、近年は急激に電装系の進化が進み、車はもはや電気電子工学によって作られるといっても過言ではないかも知れません。
従って、すでにハイブリッド車で体現されているように、蓄電池と発電機の役割が非常に大きくなります。バッテリーと言えば鉛バッテリーのことを指していた従来とは異なり、高効率・小型化が可能な次世代のバッテリーの開発が進んでいくはずです。動力としての電気は、充電に時間が掛かったり、そもそもエネルギーの保存が難しいといった欠点があります。これらの研究開発が、今後の自動車のあり方を決めると言っても良いでしょう。
また、電装系の進化は、この20年で急激に発達したIT業界が、自動車業界に出会った結果でもあります。アップルのiPhoneが、カープレイという自動車向け機能を搭載したことは、その象徴でもあります。しかし、ここで懸念されるのは、開発思想が違うといわれるIT業界と、機械系の重工業界がどう折り合いをつけるか、という点です。IT業界の常識である「売ってからバージョンアップすれば良い」、では死者が出る恐れもあるのが自動車です。他社を出し抜く開発の速さと、信頼性の確保をどう両立していくかがポイントになりそうです。
また、先にも触れた自動運転技術ですが、これが社会を一変させるほどの普及を遂げるのは、まだまだ遠い未来になりそうです。自動運転、正確には自律運転を実現させるための核となる要素はAI、つまり人工知能の技術です。単に膨大な量を計算するという従来のコンピューターとは異なり、AIでは情報を学習したうえで人間のように「予測」することが可能になるからです。車のように早い速度で動くものは、予測することなしには安全な選択ができません。この複雑な課題を解決するのがAIだと考えられています。ところが、AIにはフレーム問題という未解決の難題があります。
フレーム問題とは、簡単に言えば「囲碁や将棋などのようにルールが決まっていて、そのルール内の出来事しか起きない、という状況でしかAIは活躍できない」というものです。道路交通にも、もちろんルールはあります。ところが、すべての人や車が道路交通法を守って動いている訳ではありません。こうしたルール違反の相手に対して、どう対処するかは、非常に難しい問題なのです。例えば子供などは、誰もが予測できないようなルール無視を無邪気にやってしまうことがありえるでしょう。しかも、今までAIが実験されてきたような、ロボットやゲームなどの分野と違い、道路交通というのは人命が掛かってくるもの。もし1万分の1でもエラーが起これば、毎日どこかで事故が起きてしまうという世界です。本気で完全自律運転車を開発させようとすると、数十年にも渡る実際の道路でのAI学習が必要で、当然事故が何件も起きる可能性がありますが、これらに目をつむれるかどうか、という話になります。おそらく、日本の道路事情、法律面を考慮すると、非常に長い道のりになるでしょう。
一方で、マツダのように、自動運転を開発しつつもドライバー中心の理念を掲げているメーカーもあります。自動車メーターそれぞれが新技術と、各社の開発理念にどう折り合いをつけていくのか、楽しみに見守りたいと思います。